Special Feature

2025.09.14

世界を滑走し、暗室で100%の色を求めて――Lui Araki個展「Color/Scape」インタビュー

日本、香港、NY、LA、ミラノ、パリ……と、世界各地の都市をまわりながら写真を撮影してきた荒木塁。今回New Galleryで開かれる個展「Color/Scape」は、プロスケーターであり写真家である荒木が、この十五年で撮り続けた記録のモンタージュであり、その美学の結晶となっている。

スケボーに乗って街を滑り、ファインダーを覗いて光を捉え、そして自宅の暗室でフィルムを現像する。荒木の写真ができあがるまでに介在するものは、すべて自らの身体だ。そんなDIYなプロセスで焼き上がった写真の世界を知るべく、荒木にインタビューを行った。

「ライカを持ってスケボー乗らんでくれ」

荒木塁の旅の相棒は、スケボーとライカ(MP、M3、M6が愛機)。メインで使うレンズは50mmで、135mmも携行する。街を滑走しながら「決定的瞬間」との出会いを待つという、さながら「滑るアンリ・カルティエ=ブレッソン」とでも喩えたいスタイルだが、早速、素朴な疑問が浮かぶ。「転んでしまったら」とは考えないのだろうか? 荒木は笑いながら答える。

「写真やってる友達からは『ライカを持ってスケボー乗らんでくれ』と言われましたね。転ばないように気をつけているけど、結局やめられないんですよね、撮りたいし。それでも、これまで2回くらい危ない時がありました。ウィールが地面に引っかかって、吹っ飛んでいったライカを腕でキャッチして――本当に時間止まったみたいに――、気づいたら腕が血まみれになってました」

スケボーが「怪我をする」乗り物だということは、彼が一番知っているだろう。なにせ、荒木は1995年にAJSA(All Japan Skateboard Association)全国大会で優勝したプロスケーターなのだ。街の段差という段差を乗りこなし、軽々とトリックを決めるスケートビデオを見れば、その才能は疑いようもない。

荒木のスケボーの原点は小学校にまで遡る。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティがホバー・ボードで滑空する姿に憧れてか、地元・神戸でも大勢のスケボー少年がいたそうだ。そのうちの一人だった荒木だが、いつも子どもが流行物をそうするように、じきにボードを手放した。しかし、再び出会い、一生の縁となるきっかけは中学生の時に訪れた。

「友達と街を歩いてたらスケボーが売っていて。その時には『懐かしいな』くらいの気持ちだったんですけど、その横でスケートビデオが流れていたんですよ。かっこよく飛んだりトリック決めるのに見入っちゃって、その友達と一緒にまた始めることになりました」

走り抜ける街の美を捉える

荒木にとっては写真の原点も「遊び」だった。ボードに触るより前に手にしたお気に入りは、使い捨てのカメラだったという。当時は「思い出づくり」で友達を撮るのが趣味だった彼は、じきにスケボーで広がった世界をファインダーに収めるようになる。だが、スケーターの躍動的なショットを狙うような、いわゆる「スケートフォトグラファー」には関心が向かなかったそうだ。

「あんまり考えたことないですけど、ストリートスナップの方が楽しかったんだと思います。あと、普通に自分で滑りたかったのかな」

当然、「スケートフォトグラファー」のような仕事にはハイスピードで連続撮影できるようなデジタルカメラが必須になるだろう。それとは対照的に、荒木の情熱は、36分の1のシャッターが鈍く響くフィルムカメラへと向かい、完全にフィルムへと移行したのは26歳の時だった。

とはいえ、街で遭遇する「決定的瞬間」は立ち止まってはくれない。カメラの扱いも完全に独学で、それらしき師匠もいなかったという荒木にとって、その瞬間を捉える訓練には骨を折ったそうだ。

「最初は露光計を使って、一枚撮るのに2分とか。でも、走ってて『おっ』と思って撮るのにそんなに時間かけられないじゃないですか。そこにいる人を撮りたかったら、3秒とか5秒でセッティングしなきゃならない。やっぱりライカM3を使うようになって――電池もなくて、露光計も付いてないから――、感覚で覚えていきましたね」

スケボーで走ること/カメラで撮ることは、相反する運動のようにも感じられる。「ボードに乗ったまま撮影することもある」という荒木の写真には、それでも、構図の美学が滲んでいる。たとえば人を撮った場合、前景の構造物を窓枠のようにして覗き込む。ビルや西日の影を幾何学模様に変換して描画する。彼の代表作――デッキブランド〈Magenta〉のシグニチャーボードとして展開された写真――は、見上げたビルが十字架となって空を象っている。

どうやら、構図も独学で、「感覚」によって培われた賜物なのだというが、歩くよりずっと曖昧な形で、しかし鋭敏にインプットされる街の景色が、美しさを抽出してそこに写されたかのように見える。

Exhibitions

Lui Araki『Color/Scape』
2025.09.12 fri - 09.28 sun