Special Feature
2025.06.02
「墨」で描く、他者の手ざわり──アーティスト・watabokuの新境地
少女を独特なタッチで描くデジタルアート作品で国内外から注目を集め、イラストレーターとしても数々のユニークなコラボレーションを展開してきたアーティスト・watabokuが、初めて「墨」を用いた作品をメインに据えた個展「TOUCH」を開催した。キャリア初期から一貫してデジタルの表現にこだわってきた彼が、なぜあえて墨というアナログな手法に挑戦したのか。「愛」をテーマに据えるに至った背景や、墨と和紙を相手に試行錯誤するなかで得た新たな発見について話を聞いた。

「自分にしかできない表現」を求めてアナログへ
──アナログな手法をメインに据えた個展は今回が初めてだと伺いました。墨での表現に挑戦することになった経緯を教えてください。
昨年ごろから、「アナログで描いてみたい」という思いは少しずつ出てきていたんです。やはり生成AIの登場が衝撃で、これは近々デジタルアートもAIで作れるようになってしまうなと。だからこそ、アナログな手法に取り組んで、「自分にしかできない表現」を模索してみたいなと思ったんです。
なかでも墨を選んだ理由としては、モノクロで繊細な濃淡を表現したかったからです。そもそも自分のデジタル作品はカラーが特徴的で、その色をアナログでそのまま表現するのは難しいだろうなと思っていました。ただモノクロで描くにしても、通常のペンではおそらくグラデーションがうまく表現できないので、やはり筆で描くしかないかなと。
──アナログでグラデーションを表現するなら水彩なども選択肢に入りそうですが、あくまでもモノクロにこだわりがあったのですね。
もともと木炭のデッサンが好きだったり、絵を描き始めたきっかけが鉛筆デッサンだったりしたので、原点回帰のような意味合いもあるかもしれません。あとは、時折シャーペンで描いたスケッチやドローイングをSNSにアップしていたんですが、それがやけに評判が良かったのも理由としては大きかったですね。

「和紙と墨」ならではの難しさ──「TOUCH」シリーズ
──とはいえ、和紙に墨で絵を描くというのは初めての試みですよね。まずは何から取りかかったのでしょうか。
最初は「何から始めればいいんだろう」という感じでしたね。墨で描く絵というと、やはり水墨画という確固たるジャンルが存在します。まずは、その技法の積み重ねをある程度知っておかなきゃいけないだろうなと思いました。なので、最初は骨董品屋さんに行って、お店の方に話を聞きながら筆を選ぶところから始めたんです。
本当に何も知らない状態だったので、すべてが新鮮でしたね。どの動物の毛を使うかで、筆の硬さや水の吸いやすさが違うとか。墨にもたくさんの種類があって、和墨と唐墨で膠の量が違うとか。そんな当たり前の知識を入れるところからスタートし、一から入門していった感じです。
──実際の作品づくりは、どのように始められたのでしょうか。
いくら知識を入れても実際やってみないとわからないので、いただいた助言をもとに自分なりにアレンジして、すぐに実作に入っていきました。はじめに取り掛かったのは、今回メインビジュアルで使っている「TOUCH」です。
やっぱり最初なので、おそるおそる進めていく感じにはなりました。まずはデジタルで下絵を描いて、それを実際の絵のサイズに合わせて薄く出力し、その上から筆やペン、鉛筆などで描いていきます。ただ、完全に墨一辺倒というわけでもなく、白い線などにはアクリル絵の具を使っています。

──グラデーションのようになっている箇所は、どのように表現していきましたか。
まずはラフの上から、場所に応じて濃淡を分けていきます。使用するのはすべて同じ墨ですが、単純に薄める水の量によって濃淡が生まれます。細部については、だんだんペン先を細くしていくことで描き込んでいっています。この工程は、デジタルとあまり変わらないかもしれません。
逆に、予想以上に大変だったのが和紙です。和紙に表裏があることさえ知らなかったので、最初は一本の線をしっかり引くこともできず、途中でかすれてしまったりもしましたね。
──他にアナログならではの難しさはありますか。
デジタルで下絵を描いても、いざアナログで描こうとすると全然印象が違ったりして、そのギャップには少し苦労しました。同じアナログであっても、作業場と展示空間でも見え方が変わったり。
あとは、当然ですがアクシデントが起きてもやり直しが効かないところですかね。墨のグラデーションの具合も実際に描いてみないとわからない部分もありますし、墨がちょっと飛んでドリッピングのようになってしまったところもありました。ただ、そういう要素が一点物としての面白さを生み出すとも言えますよね。
──描き慣れているモチーフであっても新鮮に感じられるというか。
それはありますね。でもこれから枚数を重ねていくことで、こういうアクシデントは良くも悪くも少なくなっていくかもしれません。
──「TOUCH」シリーズには、初挑戦ならではの格闘の様子が残っているんですね。
そうですね。ただ、1枚目なのに思った以上によく描けたなというのが「TOUCH」についての所感だったりもします。バストアップで自分自身の顔をさわっているような構成は、自分の作品のなかでも看板的なものではあるので、その感じでいったん描き進めてみようということで、最初にこの3作ができあがりました。
