Special Feature

2025.09.14

世界を滑走し、暗室で100%の色を求めて――Lui Araki個展「Color/Scape」インタビュー

世界に広がるストリートのネットワーク

「自分にとって100%っていうのは、実際に見た景色の記憶をそのまま写し取ったようなものじゃなくて、たとえば印象に残った映画のワンシーンや、好きな絵画みたいなものです」

荒木の写真には、一瞬、時代がわからなくなるような空気が充満している。たとえば、街の広場で馬と女性が佇んでいる一枚。スケーターの影が赤い西日に溶けながら滑走する一枚。切り取られたその瞬間は、ノスタルジーを感じさせつつも、タイムレスな感覚にも陥らせる。

ここで好きな写真家について聞いてみると、挙げられた名前は、オールディーズのNYを活写したソール・ライター、フランスで陰影の美を写したサラ・ムーン、香港で「東洋のカルティエ=プレッソン」とも呼ばれたファン・フォー。こうした写真家たちは、友人から「塁、この人好きだと思うよ」と薦められて気に入ることが多いそうだが、この三人が切り取った街の風景は、荒木自身がスケボーで駆けた場所だ。

スケーターの仲間は世界各地の都市にいる。荒木が撮影を主目的として海外に行ったのは香港が初で、その他――NY、ミラノ、パリ、ソウル、タイ……――はすべてスケートツアーで訪れている(もちろん香港でもスケボーに乗ったそうだが)。そうやって構築されたストリートのネットワークについて、彼はこう語る。

「スケボー始めた時はそんなこと全然考えてなかったけど、気づいたら世界中に友達がいてますね。スケーターだけじゃなく、ラッパー、DJ、ダンサー、BMXライダーとか、いろいろ。やっぱり友達が日本に来たらケアしますし、僕も行ったら『泊まってきなよ』とか『いい場所教えてやるよ』とか、ケアしてもらって」

そんな荒木が今訪れてみたいのは、キューバとインド。キューバではきっと旧車が走るようなオールディーズな風景が見られるのだと期待する。インドは一人で行くには心細いが、〈Magenta〉のチームにはインド出身者もいるそうで、仲間で行きたいのだと語る。結局のところ、「新しい場所を見たい」ということが荒木が世界を巡る原動力になっているのかもしれない。実は、撮影スタイルにもそれがよく現れているのだ。

「フランスには何度も行っているけど、やっぱり、最初に撮った写真が一番いいんですよ。二回目、三回目だとなんか違う。初めて行った土地で撮るのが、直感的で、写真の出来栄えも変わるんです。それに、スケボーで走る時にも、わざわざ同じ道を通らないようにしていて」

ストリートスナップの巨匠・森山大道は「同じ道を往復すべし」と説いたが※、荒木は意識的に同じ道を通らない。そこには、速度の中でしか見えない風景への信頼があるのだろう。疾走する身体で光の流れに身を置いて、ふとした瞬間に立ち止まって光を捉える。そしてまた速度を上げて別の場所へ。こうした運動で得られた「Color/Scape」こそが、荒木の写真なのだ。

彼が手にしたものは、額に収まりきらないアスリートとしての身体性と、広大なストリートのネットワークだ。その一方で、一枚の印画紙に焼き付けるべき美しさを、街と暗室で求め続ける。

「どこまでいっても100%満足することはないんです。撮ることも、現像することも。だから、もっとレベルを上げたいと常に思ってるんですけど、たぶん死ぬまでそれやっていくことになりますね」

荒木がこの先の写真家のキャリアとして考えているのは、海外での展開なのだという。展示を通してネットワークをさらに拡大し、自身の写真で勝負に出ようと意気込む。だが、さらにその先、拡散した光はひとつのピントに収束されていく。

「そしたら逆輸入みたいに、日本の写真業界を“いわしたい”ですね」

そう言って、地元の言葉で野心を覗かせた。

※森山大道、仲本剛『森山大道 路上スナップのすすめ』(光文社新書)

Text by namahoge
Photos by Naoki Takehisa

Exhibitions

Lui Araki『Color/Scape』
2025.09.12 fri - 09.28 sun