Special Feature
2025.08.14
2025年の大滝詠一と「ナイアガラ」――河村康輔&菅原芳人& NaO『Eiichi Ohtaki’s NIAGARA 50th Odyssey』インタビュー
河村康輔インタビュー

―河村さんは「大のナイアガラー」だと伺っています。先ほど、会場を回りながら「ヤバい、ヤバい」とおっしゃるのを聞いて、その熱が伝わりました(笑)。会場内で特に気になったものはありますか?
河村康輔:タイトルを手書きされているカセットですかね。印刷物として大滝さんのコレクションを見ることはあったけど、それを直接見ると生々しいというか、感動しましたね。もともと大滝さんを好きになったのも「オタクだから」ということが大きくて。僕自身子どもの頃からコレクション癖があるので、そういった部分に親近感というか、リスペクトがあるんですよね。だから、会場に来てみてすごいよかったなと。

―今年50周年を迎えた「ナイアガラ・レコード」よりも、河村さんは年下にあたりますが、最初の大滝詠一作品との出会いは覚えていますか?
河村康輔:どういうきっかけなのか覚えてないけど、中学3年生くらいで初めて聴いたんだと思います。でも、自分はパンクやハードコアが好きだったし、友達と話すのもスチャダラパーやCorneliusといった同世代の音楽だったから、誰とも共有できなかったんですよね。その頃の感覚でいうと、演歌じゃないけど「おじさんの音楽」という印象だったんです。自分的にはすごく好きで、シンプルに「いいな」と思っていたから、家でひとりで聴いていたんですけど。
それから、高校生になった時にできた友達が、なんの躊躇もなく大滝詠一の話をしていて、「同世代で好きなやついるんだ!」ってめちゃくちゃテンションが上がったことを覚えてます。なんなら、最初に聴いた時よりも強い印象ですね。「仲間ができた」っていう嬉しさもあったし、そこからは変に気取らないで「ヤバいよね」って話せるようになって。
―パンクスだった河村さんがどうやって大滝詠一作品と出会ったのか、自分も気になっていました(笑)。
河村康輔:そうですよね(笑)。自分の趣味はずっと変わっていなかったんですけど、パンクからちょっとずつ派生していって、いわゆるモンド・ミュージックにハマった時期もあったんです。60年代のレコードをサンプリングするような作品もあって、そういう音楽の楽しみ方も知っていたんですよね。
大滝さんもサンプリングではないけれど、過去のいろんな音楽を詰めこんだ作風じゃないですか。もちろん最初に聴いた中学生の頃は「いい曲だな」くらいでしたけど、友達と一緒になってハマっていくにつれて、「こんな要素もあるのか!」みたいな、自分で想像できる範囲を超えていろんな音楽を教えてもらったというか。それでリスペクトも倍増していって。
―「ナイアガラ」作品はアートワークも独特の美学がありますよね。河村さんから見て、ビジュアル面についてはどう思われますか?
河村康輔:「ナイアガラ」のデザインはすっごい好きで、ロゴひとつとってもオシャレだなって。ものすごくよかった時期のアメリカの全てが詰まっている感じがいいんですよね。
あと、僕が面白いと思っていることのひとつが、「ナイアガラ」の描くアメリカ像なんですよ。「エキゾチック」と言われるようなビジュアルイメージって、大体がアジアに向けられたものだったと思うんです。今のようにインターネットがなかった当時だから、アメリカ人が勝手に思い描く日本像ってストレンジですごく面白い。「ナイアガラ」はその逆バージョンという感じがするんですよね。想像で膨らませていったイメージがあるように思うんですよ。

―大滝さんは〈はっぴいえんど時代〉に渡米してレコーディングしていますが、その後は東京がメインですよね。もとを辿れば少年期の岩手から、FEN放送でアメリカの音楽を聴いていたというので、音から膨らんでいったビジュアルイメージが「ナイアガラ」にはあるのかもしれません。
河村康輔:それが僕の中ですごい魅力ですね。会場内にもアートワークが並んでますけど、全部ドンズバで好きなテイストなんですよ。好きなアーティストでも「ジャケットがダサいよね」とかあるじゃないですか。でも「ナイアガラ」の作品は、色味も好きだし、ロゴも好きだし、モチーフもいいし……「ここがこうなっていたらもっといいのに」みたいな、気になるところが全然ない。仕事柄そういうの気になっちゃうんですよ、普通は。大げさに聞こえるかもしれないけど、100%ドンズバなんですよね。
それと今回の作品でも使わせてもらったんですけど、50’sの雑誌風なキスをしているイラストが多いじゃないですか。あれって僕も他の作品でよく使うモチーフなんですけど、たぶん初めて触れたのが大滝さんのジャケットだったんですよね。そういう意味でも影響は大きいですね

―今回制作された作品についても伺いたいです。キービジュアルには『NIAGARA TRIANGLE』はじめいくつかのジャケットが組み合わされていますが、素材選びはどのように進めたのでしょうか?
河村康輔:もう直感的に素材を選んでいったので、ほとんど時間はかからなかったですね。子どもの頃から見てきたものだし、「この絵使ってみたいな」っていうパーツがもともとあったわけだから。本当は自分の作品でも使いたいけど、ダメじゃないですか(笑)。言ってみたら、先出しで使われている素材なわけなので。
―「ナイアガラ」のアートワークをコラージュ・アートの先行作品として見ていた、ということですね。
河村康輔:それを堂々と使っていいとなると、素材選びは全然時間かからなくて。むしろ「これも使いたい、あれも使いたい」っていう状態だったので、省いていく作業があったくらい。あとは作業そのものの時間が2時間かかったかなっていうくらいで。
―そんなに早く!
河村康輔:でもロゴだけはちょっと時間かかっていて。今回『NIAGARA MOON』から黄色いテキスト・ロゴを取り出したんですけど、あれってデジタルのパラ・データが存在しないんですよ。時代的にそりゃそうなんですけど、結局「Niagara」の字だけはコンピューター上で描き直していて……そのトレース作業が一番時間かかったのかな。「g」の字に「moon」被っちゃってるけどどうしよう、とか悩みながら(笑)。
最終的にトレースしたロゴデータは、「もし使う機会あったらどうぞ」と坂口修さんにプレゼントしました。これで「ナイアガラ」に貢献できるならと思って(笑)。
―今回のキービジュアルに河村さんのシグニチャー・スタイルである「シュレッド」(素材をシュレッダーにかけて再構成する手法)を使っていないのは、なにか意図があるのでしょうか?
河村康輔:やっぱり自分の中での「大滝詠一感」というのがあって。キービジュアルに「シュレッド」を採用しなかったのも、言ってしまえば「大滝詠一感」がないからやりたくなかったんですよ。だって、「ナイアガラー」としての自分が100%欲しいものを作りたいじゃないですか。
でも実は、『Eiichi Ohtaki’s NIAGARA 50th Odyssey Remix EP』のパッケージも僕がやらせてもらっていて、その内側には「シュレッド」作品が使われているんです。それはやっぱり、作家として「爪痕残さなきゃ」っていう欲が出たせいで(笑)。

それでもめちゃくちゃ葛藤して、結局「シュレッド」とそうでないものの2パターンを送ったんですよね。「シュレッドを選んでくれ……」とか思いながら(笑)。リマスター盤だったら話は違いますけど、リミックス盤ならむしろ個性を出してもいいだろうし、表1や表4に出るわけではないので、自分的にも選んでもらえてよかったなと思います。
―リスペクトゆえの葛藤があったんですね。
河村康輔:もし大滝さんがご存命で、デザインをやらせてもらえるようなラッキーがあったら、絶対選んでもらえるものを作りたいじゃないですか。そうなったら、これまでのアートワークが並んだディスコグラフィの中で違和感のないものを作らなきゃなって思ったんですよね。
ーもし仮に、大滝さんとお会いする機会があったとしたら、話してみたいことはありますか?
河村康輔:うーん……僕はやっぱり、音楽をどう作ってるかというよりは、集めているコレクションの話とか、オタクとしての大滝さんの話を聞きたいですね。あとは一緒にレコードを買いに行ってみるとか、福生のスリフトストアを回ってみるとか。アメリカに一緒に行きたい、とかじゃないんですよ。大滝さんが見た「日本の中のアメリカ」を知りたいというのが、ナイアガラーとしての僕がやりたいことなのかもしれないですね。





Text by namahoge
Photos by Naoki Takehisa