Special Feature
2025.06.02
「墨」で描く、他者の手ざわり──アーティスト・watabokuの新境地
「傷」から「愛」へ──「hearts」シリーズ
──次に描かれたのが「hearts」のシリーズですね。今回のテーマである「愛」にも直接関わる作品群とのことですが、なぜ「愛」をテーマに据えたのでしょうか。
一昨年の個展のテーマが「傷」だったんです。当時通院していた大きな病院に向かうバスのなかで、「このバスに乗っている人はみんな何かしらの傷を抱えているんだな」とふと思ったんですね。それで「傷」をテーマに作品を作り始めたのですが、そのなかで気付いたのは、傷を治す上で大事なのは、やっぱり「自分以外の誰か」の存在なんじゃないかということです。友人でも恋人でも医者でもいいんですが、他者がいるからこそ回復に向かえる部分があるんじゃないかと。
そのテーマをさらに掘り下げて、今回は「人と人が触れ合う」「お互いを感じあう」といった要素、つまり愛というテーマを扱うことにしました。いわゆる直接的な愛の表現というのは、今までの自分だとちょっと照れくさくて避けがちだったんです。でも「傷」というテーマを経たことで、そこを素直に表現してみてもいいのかな、と思えるようになりました。

──実際、「hearts」の作品群は人物同士が触れ合ったり、視線を絡ませ合ったりする構図が多いですね。
そうですね。今回の「TOUCH」というタイトルも、「絵のタッチ」と「人間同士の触れ合い」のダブルミーニングになっています。
──墨の印象も「TOUCH」と比べると少し淡い感じがしますが、これは意図的なのでしょうか。
そうですね、厳密には「hearts」シリーズの途中からですが、墨や和紙の扱いに慣れてきて、色々と試す余裕が出てきました。だんだんと線が薄くなっていって、ふたりの人物の境目が融け合っているようなニュアンスが出ていると思います。

瞳の表現の進化──「手と手」「meet me」「確認」
──その次に描かれたのが、「手と手」、「meet me」、「確認」の3作ですか。これらには一転してデジタル的な手法が大胆に取り入れられていますね。
そうですね。もともと作品のアイデア自体は、去年一度デジタルで描いているんです。今回のテーマである「TOUCH」にも合致しそうだったので、展示に合わせてもう一度墨で表現し直しました。ちなみに、「手と手」のレイヤーで重なっている手の部分は印刷で出しています。
──和紙にも印刷ができるんですね。
いつもお世話になっている印刷屋さんに相談したところ、「うちでは和紙は難しいです」とのことでした。でも、うちにあるプリンターでは印刷できたんです。そこは機械によるのかもしれないですね。
あとは、瞳のハイライトを入れずに表現する方法を編み出したのもこのころですね。デジタルだと瞳には必ずハイライトを入れるんですが、墨と和紙だとハイライトなしでも成立することに気付きました。まずは水を多めにした墨でグレーに塗って、その塗れた状態で、濃い墨を真ん中にちょんと落とすんです。するとふわっと墨が広がって、きれいな瞳に仕上がる。最終的にはペンも使うんですが、それでも今までとは全然違う質感の瞳が表現できるようになりましたね。
