デジタルと墨の融合──「鱗光」「輪廻」

──次は、最も大きな作品である「鱗光」と「輪廻」ですね。実際に間近で見てみると、紙と墨の質感が他の作品とはまた違いますね。

「鱗光」は、仕上がった瞬間に「これがメインになるな」と思いました。墨の手ざわり感とデジタルらしさを共存させられていて、自分がこれまでやってきたことに、今回初めて挑戦した表現手法をうまく織り交ぜられたかなと。

──確かに墨の印象は残りつつもソリッドというか、墨とインクが区別できない感じがありますね。

そうですね。デジタルの下絵も結構残っているので、パッと見ではなかなか区別が難しいかもしれません。違いとしては、墨のほうが若干暖色で茶色っぽくて、インクはちょっとブルーっぽいですね。

──墨の種類自体はこれまでと同じですか？

濃淡は違いますが、種類としては同じです。紙が違うだけで結構印象が変わりますね。蛇のような模様の部分については筆ペンを使っています。

紙は美濃和紙の「まんだら」という種類の和紙を使っています。なかでも「きなり」という少し黄色みのある紙を選びました。これまでの作品は、墨を吸い込みやすい新麻紙という紙を使っていたんですが、この「まんだら」は墨をよく弾くんですよね。だから全体的に墨の色がちょっと薄めに出る。線も若干硬くなるのでグラデーションが作りづらくて、結果的にデジタルっぽい表現に近くなります。

さまざまな構図の実験──10点の小品たち

──柱のスペースで小さなサイズの作品群が展示されていますが、これらはどのように制作されたのでしょうか

この作品たちは最後の方に作業したものですね。今回メインの作品はだいたいバストアップの構図になっているんですが、もともとは「TOUCH」というテーマでもっと多くの構図を思いついていたんです。そのバリエーションを小さいサイズで出してみたら面白そうだなと思って描いたのがこの作品たちです。

今回オリジナルで制作したものもあれば、デジタルの作品をもとに墨や鉛筆で描き直した作品もあったりします。また、「前を向いて」のように表情を枠で切り取るような構図はこれまであまりやってこなかったんですが、これはかなり手応えがありましたね。最後に描いたこともあってか、ここのグループは全体的に描くのがとても楽しかったです。

新たな表現のスタート地点に

────ここまで制作順に沿って伺ってきましたが、墨を用いた表現については、今回でどこまで掘り進めたと感じていますか。

いや、まだ全然ですね。ただ今回でようやく、アナログで描く作品の方向性みたいなものが多少は見えたなと思っています。やっとスタート地点という認識ですね。

今回の展示でもうひとつ良かったのは、活動初期からいただいていた「直筆の作品が欲しい」という声にようやく応えられるようになったことです。

──今後も、墨を用いた作品づくりは継続されていくと。

そうですね。まだまだ試せてない紙や墨は無数にありますし、むしろできることがたくさんあるなと。墨についても、濃淡を重ねていく手法に気付いたのは今回の制作の中盤ごろからで、作品に反映しきれなかった手法もありました。特に濃いブラックについては、今後試してみたいなと思っています。

あとは、水墨画の技法ももっと勉強して吸収したいですね。花びらを1枚1枚描いたり、1本の線をスッと引いて枝を表現したりと、独自のアプローチがいろいろ蓄積されていますから。

──そうしたアナログな技法の探究が、デジタルの表現にフィードバックされることもありそうですね。

そうですね。デジタルとアナログは自分のなかで別々の活動なので、どちらも並行して取り組んでいければと思います。個展にいらしてくださった方がどう感じてくれるのかまだわからない部分もありますが、アナログでしか生み出せない表現は今後も模索していきたいですし、それを通じて自分自身も変化していくだろうと思います。そこは自分でも非常に楽しみですね。

Text by Tomoya Matsumoto
Photos by Naoki Takehisa