Special Feature

2025.02.21

モノクロームの線でダンスフロアを描く――Jun Inagawa個展「The Private Jündelic Reel」インタビュー

ダンスフロアをパーソナルな線で描く

――そんな音楽活動の経験を反映するようにして、今回の展示では「ダンスする人々」が描かれています。

踊りはいい意味でバカになる手段でもあるし、同時に内省的になって新しい自分や景色にに出会える手段でもある。皆それぞれ踊る理由は違うけど、

ある意味でコミュニケーションを放棄しているし、ある意味で開放もしている。僕がDJしながらフロアを眺めると、「この人今日はとにかく現実を忘れたいんだろうな」とか「隣の彼女と目を合わせたいんだろうな」とか想像してしまいます。そこには言葉を超えたコミュニケーションがあるんです。

そういった光景に感動したんですよね。全然違う人生を歩んできた人たちが一つの場所に集まって、お互い別に手と手を取り合ってるわけでもなく、ただただ踊っているだけ。自分もただその中のひとりで今までの自分もこれからの自分も忘れててただただ踊って、自分がどれだけ小さくで同時に大きな存在か気づく。皆が皆それぞれ言葉を超えた踊りで支え合う。そんな夜が東京だったら毎晩あって、いろんな理由で踊りに来る人がいて、いろんな踊りがあって……っていう集合体。マクロで見てもひとつの波みたいな感じで面白いし、超ミクロで見てもちょっとしたドラマや掛け合いが見えたりして面白い。

そこに惚れ込んじゃって、自分の中で「踊る」ことがひとつ重要なテーマになるんじゃないかなと思ったんです。だから、今回のイラストには自分がダンスフロアで見てきた生の人を描いています。

――絵柄もだいぶ変化しましたよね。これまでの代表的なイラストは2000年代以降のポップなアニメーション作品が参照先にありましたが、今度は80年代や90年代の漫画を思わせるタッチに遡っています。そこに関連するものとしてやはり、音楽活動を通してアクセスしたレイヴカルチャーの時代があるのではないかと感じました。

僕自身、もともと80年代90年代の影響が大きいんですよ。でも「Jun Inagawa」としてウケて、求められたのは、いわゆる2000年代初期の秋葉原の雰囲気じゃないですけど、そういうポップでカラフルなものでした。やっぱり別のテイストで描いて提出しても、「もっとJun Inagawaっぽいのが欲しい」とオーダーされることがありました。

結局「Jun Inagawa」として出た時のイメージはずっと定着していて、デジタルタトゥーじゃないですけど、残っちゃうんですよね。そのイメージが嫌で消そうとも考えたけど、その時の俺も俺で本当だったし、別に嘘ついているわけではなかったんで、塗り替えて、更新していきたいんですよね。

仰る通りレイヴカルチャーのあった時代に遡って、同時代のグラフィックや漫画にどういったものがあったかも探りました。その時代の線の描き方、線から生まれる躍動感、それと表面的に見えるものだけではなく、その奥にある意味や思いを自分なりに解釈していろんなものを試した上で、現時点ではこのテイストが自分の中で一番パーソナルで、一番描きやすいものなのかなと思っています。
「Revolution without Violence 」イギリスの伝説のクラブ「ハシエンダ」のドキュメンタリーの中のインタビューで聞いたこの言葉が印象に残り最近は自分も絵を描く時この言葉を考えながら描くと気持ちがいいです。

――イラストの中にはコマで割られたカットもあります。これは漫画表現のオマージュなのか、それとも本当に漫画の1ページなのか、気になりました。

漫画の1ページというつもりで描いています。「Jun Inagawa」の絵が求められている間も、漫画はずっと描いているんです。やっぱり最終的には漫画家になりたいと思うし、自分のいろんな経験をまとめて救ってくれるのは、総合芸術としての漫画しかないと思うんですよ。

ただ、この絵はシーンが先に浮かんで描いたもので、明確なストーリーがあるわけじゃなくて。実際にいつも漫画を描く時は、一枚絵がいくつかあって、その間を埋めていく形でストーリーができていくような描き方をしていて。だから、今回のイラストもいずれ描く漫画のワンシーンになっているかもしれません。

やっぱり表現の核には漫画というものがある。


白黒の線で描かれる絵と文字で物語を構築させる芸術としての漫画に憧れがあります。

ーこれまでJun Inagawa作品に登場してきたオタクヒーローも、新たなタッチで描かれています。

今回のオタクヒーローは今まで描いた中で一番シンプルでかっこよく描けたと思っています。彼は僕のイマジナリーフレンドみたいな感じで、中学生の頃からずっと描いてきた存在なんですけど、僕が「Jun Inagawa」として活動してからはアニメになったりスケボーの板に描かれたり商業用に使われたり、とにかく何にでもなれるキャラクターとして扱われてきて、逆にどれが本当のオタクヒーローかわからないくらいになっていて。

だから、オタクヒーローをそろそろ解放させてあげたいと思っていて。シンプルに白バックでドン、みたいな、これ以上ないなっていうオタクヒーローが描けたんで、もう彼も満足かなと(笑)。そういった今までの整理という意味合いも、今回の展示にはあります。

ー今までの整理というと、過去に描き溜めたイラストのコラージュ作品も展示するそうですね。膨大な量の原稿用紙が積んでありますが……(取材はコラージュ制作中のこと)。

これは中学生くらいから描いていたスケッチ、落書き、とくに理由も意味もない絵たちです。もっと探せば倍くらい発掘されると思います。発表していないだけでも相当描いているので。

今回の展示では、これまでの僕の活動の整理と、次に向かう途中経過の報告という意味合いがあります。その際に、原稿用紙だけで構成されるコラージュを作ったら面白いんじゃないかなと思ったんです。

Exhibitions

Jun Inagawa "The Private Jündelic Reel"
2025.02.07 fri - 02.24 mon