Special Feature
2025.02.21
モノクロームの線でダンスフロアを描く――Jun Inagawa個展「The Private Jündelic Reel」インタビュー
「デジタル時代の寵児」は紙とGペンが好き
ー全部手書きの原稿用紙なのには驚きました。Junさんの世代なら最初からデジタルツールで絵の世界に入る人だって少なくないだろうに、アナログ環境でこれだけ描いていたんですね。
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そうですね。最初の個展(2019年)の2、3ヶ月前に初めて液タブを買ってもらって、それから「Jun Inagawa」として描く絵はデジタルでやっていたんですけど、それ以外の世に発表しないものに関してはずっと紙にインクで描いていて。自分からすると、手が汚れたりしないと描いている気がしなかったんですよね。
そもそも原稿用紙というもの自体に偏愛があるんですよ。日本に住んでいれば世界堂とかですぐ買えるけど、アメリカにいた頃はアマゾンで1ヶ月経ってやっと届くくらいの感じで、本当に貴重なものだったから。ようやく届いた40ページ分を、1枚1枚埋まるまで描く、っていうことを延々とやっていたんです。
当時、村田雄介先生が『ワンパンマン』の作画をするTwitchの配信をしていて、ペン入れやベタ塗りの工程を包み隠さず全部撮ってくれていました。もう6時間ぐらい「このペン先がよくて」とか話しながらずっと配信しているから、僕も見様見真似で村田先生と同じ原稿用紙とペンを買って。それじゃないと漫画家になれないと思って、「Jun Inagawa」の作品以外はこのスタイルでやってたんです。
ー今回のイラストもアナログで描いたんですか?
いや、実は最近デジタルに移行したんです。漫画はずっとアナログで描いていたんですけど、それを見た友達から「iPadって知らないの?」って聞かれて。「ジュンの忙しさを考えたら絶対iPadの方がいいから」って、いやいや、iPadでGペンの質感出せないでしょと思ったんですけど、実際導入してみたら意外となんとかなって(笑)。だから今回もiPadで描いてます。
ただ、ドローイングのツールを極力ミニマルにして、デジタルだけどなるべくアナログに近い手法にしています。それこそベタ塗りも手でガーッと塗っているので、自分が今まで描いてきたスタイルをそのままデジタルに移行したっていう感じです。それでもやっぱりアナログには勝てないなと、個人的には思うんですけどね。
ー出自がInstagramなだけに、「デジタル時代の寵児」として取り上げられた過去もあるとは思いますが、スタイルとしては古風なところが面白いです。
新しく出てきたアーティストとして、イメージ的にアナログとはかけ離れた風に扱われてきたんですよね。でもやっぱ原稿用紙への愛はずっとあって……いい加減デジタルで描くことに抵抗もなくなったし、iPadなら旅先でも描けるし、こっちに慣れた方がいいなと今は思います。たとえば読み切りの漫画を描くんだったらアナログで描きたいですけど、連載だったら絶対デジタルじゃないと無理だろうな、とか。うまく使い分けできたらいいと思っています。
ーアナログ愛についてもう少し伺いたいのですが、Junさんがやられているバンド・Frog 3は、DTMではなくアナログ機材をメインに作曲されているとか。
自分たちがアナログでやろうと思ったのは、ケミカル・ブラザーズのライブを見て感銘を受けたことが大きいですね。「ヤバい音出てるけど、なにこれ?」みたいな。やっぱアナログ・シンセサイザーの音って、肉体的にも精神的にも来るものがあって、体に染みるというか、音楽として全然違うように思います。
それとフィジカルのガジェットを使って音を出すと、「作られてない感」というか、「音楽が自分で演奏してくれている感」があって。特にモジュラーシンセだと回線が大量にあって、宇宙船のコックピットで意味もわからずボタンをポチポチ押すみたいな感じで、コントロールしきれないまま音が飛び出してくるのが楽しいんですよ。
そうやって物理的に触って音を確かめて、バンドメンバーのみんなが求めている音が出た時の喜びって、DAWでひとりで作る喜びとは全然違うじゃないですか。もちろん漫画と一緒で、デジタルも取り入れてバランスを取っているんですけど、結局そういう生々しさに人間らしさとか美しさを感じるから、アナログが好きなんだと思うんですよね。
新たなスタートを神保町で
ー今回の展示のタイトル「The Private Jündelic Reel」について教えていただけますか?
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これも由来はケミカル・ブラザーズで。「The Private Psychedelic Reel」っていう曲があって、ライブの最後で絶対これ流すんですよ。ケミカルってひとつひとつの曲に奥深いストーリーがあるから、ライブでも本当いろんな感情にさせられて、映画一本見たくらいの気分になるんですけど、最後のこの曲でウィーーーって適当なうるさいノイズがかかって、「はい全部嘘ー」みたいな、「今までのこの感情はなんだったんだ」みたいな、めちゃくちゃアホみたいな体験になるんですよね。
その「The Private Psychedelic Reel」を聞いている時の俺が、これなんですよ(ダンスをする人々の絵を指す)。「Psychedelic」って一番意味があって意味がないものなんで、それでいいかなと。「The Private Jündelic Reel」って、アホっぽくていいじゃないですか(笑)。
別に意味を見出して考察されるのも全然いいし、それに対して適当な説明もできるんですけど、個人的には何も意味はないです。意味のないことの美しさもあるなって最近は思えてきました。
ー展示では映像も上映するようですが、どういった内容になるのでしょう?
映像のひとつは、僕と友達が東京中を散歩しまくった時の記録です。それは去年、「俺らが東京が怖いのは、東京を知らないからだ」って、2ヶ月くらい毎週末狂ったように歩き回ってた時のことで……新宿から浅草まで5、6時間歩いたりとか、秋葉原から練馬まで行こうとかいって夜中歩き通したりとか、そんなことをしていました。
で、その友人がフォトグラファーなので、ずっとカメラを回してくれていて、その風景をコラージュしたものが映像になっていて。「なんでいきなり風景?」って感じだと思うんですけど、僕にとってそれは重要な時期になっていて。僕が絵も音楽も全然やる気にならなかった頃の記録なんですよ。それも含めて経過報告みたいなこととして、今回流そうと思っています。
ーここ1年ほどは自身を整理するための時間だったのですね。Junさんの終着点であり、新たなスタート地点と銘打つ今回の展示を終えた後の展望はありますか?
「Jun Inagawa」としても何より自分として新しいスタートを切るための整理をこれまでやってきたつもりです。
あんまり言えないんですが、今絶賛制作中!です。
ー最後に「漫画家になる」という夢について、今後はどう考えていますか?
やっぱり漫画は自分が今までに見てきたもので一番美しいものなんです。「Jun Inagawa」として箔がついてしまったからこそ、その分野でフラットに認められたい気持ちがめちゃくちゃあります。今後どうなるかはわからないけど、最終的には漫画家になれたら最高ですね。
だから僕、New Galleryで展示できるのはすごい嬉しいんですけど、反面めっちゃ緊張するんですよ。というのも、僕が『少年サンデー』に持ち込みしたのもこの街だったから。
ーたしかに、神保町という街で……。
僕にとっての神保町は、最初に持ち込みに行ったあの日の思い出です。
Text by namahoge
Photos by Ryo Yoshiya