Special Feature
2026.05.19
描かれながら息をする――窪塚愛流個展『MeMonsters』インタビュー

俳優・窪塚愛流の初個展『MeMonsters』が、神保町New Galleryにて開催される。段ボールの切れ端やノートの余白に、完成図を持たずペンを走らせる。失敗や偶然の線から連想を広げる独自のプロセスで、窪塚は数々の空想の生き物を生み出してきた。今回、初挑戦のガラス作品も交え、これまで自室の片隅で息を潜めていた生き物たちが、ギャラリーの光を浴びて一斉に目を覚ます。枠に囚われない制作の裏側と、彼にとっての表現の根源について話を聞いた。

「1+1=2」くらい根源的な行為
―これまで、絵を描かれていることは公表されていませんでしたね。
窪塚愛流:絵については「言うまでもない趣味」みたいな感じだったんです。物心ついた時から描いていたと思います。僕にとって絵を描くことは「1+1=2」ぐらいの基本というか、自分の根源にある感じなんです。
―絵を描き始めた最も古い記憶は?
窪塚愛流:わからないです(笑)。まだ横須賀に住んでいた幼稚園生くらいの時だと思うのですが。父も母も個性的な絵を描くので、すごく印象に残る絵が多くて、そういう環境で育ったのもあって自然と描き始めたのかな。いらなくなったプリント用紙とか、とにかく紙がたくさんあったので、僕が勝手に遊びに使う、みたいな。

―「MeMonsters」の生き物たちは、幼少期の自由な筆致が残ったようなドローイングですね。
窪塚愛流:そうですね。僕が14歳の時に妹が生まれたので、それまでは一人で過ごす時間もわりとあって…絵を描くとすごく楽になれる感覚はありました。
でも、「こういう生き物がいたら面白いな」みたいに意図して描くというより、どの生き物も描いているうちにこうなっています。だから逆に、実在する人や生き物を描こうとすると、すっごいヘタクソなんです(笑)。自分の世界観で描くことしかできないんです。
―描きながら、形が定まってくると。
窪塚愛流:最初に決めつけないんです。完成が自分でもわからなくて、遊びながら描いていく。たとえば丸を描いて、それが目玉に見えたら目玉を描くし、月に見えたら月、サッカーボールに見えたらサッカーボール、みたいな感覚で。
描いてるうちにミスしても、消したくないんです。消さずにそこからイメージするんです。右下にある絵も、灰色のペンで描いたのが最初で。「波になるかな」と思ったのですが、ミスっちゃって。そこからだんだん、僕には不死鳥に見えてきて。ポケモンのホウオウがこういう格好してるじゃないですか。それで上から黒で塗ったのが、この絵です。

―つまり、描く過程において失敗ということがないんですね。
窪塚愛流:この左にある絵も、最初は足だけ描いたんです。でも、バランスをミスっちゃったから、下にいる生き物を新たに描いて、その子の手にしました。ミスったらミスったで、違うキャラクターを別に作るみたいな。本当に描きながら、その場で構図を決めていく感じです。

―見たところ、使っている画材もキャンバスも自由ですよね。ペンの種類も違うし、ノートだったりスケッチブックだったり段ボールだったり。
窪塚愛流:そうですね。基本的に「なにか描かなきゃ」といって描くわけじゃなくて、描きたい時に描いているので。使っているペンも、蛍光ペンとか絵の具とかオレンジの筆ペンとか……筆ペンは小学校の習字の授業で、先生が赤入れしているのを見て、僕も使ってみたいなと思ってたんです。

紙がなければ段ボールも使ってて。龍の絵は、絵の後ろに飲料のロゴが入ってます(笑)。あと、柱にかかっている絵は、友達からもらったお猪口のパッケージ。窪んでいるところにお猪口が入ってて。しかもこれ、白の絵の具と思って描いていて「変だな」と思ったら、僕ずっとハンドクリームを塗っていたんです(笑)。

―描く時は、どういう場面が多いですか?
窪塚愛流:メイク中とか、友達が家に来た時とか、その場で思いついてバーっと描いたものがほとんどです。別に「描こう」と意気込むわけじゃないですが、そのまま6時間くらい没頭して描いてることもあります。
僕、本当に何にでも絵を描くんです。もらった靴の箱を解体して描いたり、家の冷蔵庫にも描いたり。だから自分の絵に固定観念というのは何一つなくて、「紙に描くもの」というルールもないんです。
