Special Feature

2026.11.06

あの頃飾れなかったピンナップを――​​Ferdi(フェル)個展『NEO PIN-UP: TOKYO』インタビュー

インドネシア出身、福岡を拠点に活動するイラストレーターのFerdi(フェルディ・トリハディ)。10代の頃、日本の漫画やアニメに親しみながら、自国での表現をめぐるタブーに苛まれたというフェルが、かつての衝動を形にしたのが「Neo Pin-Up」シリーズ。神保町New Galleryでの個展「Neo Pin-Up: Tokyo」では、フェルが創作の中心に据える「ピンナップ」のキーワードに、インドネシアの伝統を接続した新作が用意された。今回尋ねたのは、母国を発って日本で活動を始め、ふたたび母国のモチーフを見つけ出すまでの旅路のこと。度重なるフライトによって花開いた新たな表現について、フェルは堪能な日本語で語ってくれた。

初来日のきっかけはとある大作家の一言

―今日はフェルさんのこれまでの経歴からお話を伺えたらと思います。インドネシアで生まれ育ち、幼少期から日本の漫画やアニメに親しんできたそうですね。

フェル:僕の世代のインドネシアの人は、みんな日本の漫画やアニメで育っています。テレビでは『ドラゴンボール』や『セーラームーン』、『ドラえもん』が流れていて、本屋さんには漫画が並んでいました。ハリウッド映画も流れていたし、海外のエンタメに囲まれて育ったんです。

僕は授業中にずっと絵を描いているような子どもでした。中高生の頃に『シティーハンター』や『I”s』に出会い、キャラクターにすごく惹かれ、「こういう絵を描きたいな」と思ったんです。でもインドネシアは宗教的な理由もあって、露出のある表現は大っぴらにできない。上手な絵を描けても、人に見せられるような状況じゃなかったんです。

―日本の少年漫画には多少アダルトな描写もありますが、インドネシアでは性的な表現がタブーだったんですね。

フェル:歴史を見れば、昔の映画にはセクシーなものもあって、ずっと禁止されていたわけじゃなかった。でも、僕が物心ついた頃には検閲が当たり前でした。日本の漫画にも、特定のシーンに黒いブロックやモザイクがかけられていたんです。

それって逆に隠されていることが丸わかりじゃないですか。ちょうどインターネットが出始めた頃だったので、ちょっとパソコンで探せば元の絵が見れるし、当時のティーンエイジャーはそうしていました(笑)。そうやって表向きだけ隠されることに、変だなと感じていました。

―違和感とともに思春期を過ごした後、2007年に母国を発ってシンガポールへ留学されます。

フェル:そういった状況もあって、好きな漫画のスタイルには将来性がないと思い、グラフィックデザインを専攻することにしたんです。これまでに描いた絵を集めて応募したら、シンガポールのラサール芸術大学から奨学金のオファーをもらえて。

当時は親からも「グラフィックデザインなんて勉強して、将来はどうするの?」と心配されました。奨学金があったので、無事に留学することができたんですが。

―大学卒業後、京都の日本語学校に来られたと伺ったのですが、それはどんな経緯で?

フェル:留学するきっかけはシンガポール時代の出会いでした。当時インターンをしていたPHUNKというアート/デザイン・チームが、2010年頃に田名網敬一さんとコラボしたんです。

僕は展示を手伝っていて、先生と話す機会がありました。「日本がすごく好きで、行ってみたいです」と言ってみたら、「じゃあ来たら?」と。すごくシンプルだけど、なんだか腑に落ちて(笑)。

そうして背中を押され、京都の日本語学校に通うことを決めたんです。当時、田名網先生が教えていた京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)で学べるかもという期待もあって。結局その機会はなく、2年間日本語を勉強して帰国しました。

―田名網敬一さんの一言の重みもさることながら、フェルさんの行動力も窺い知れるエピソードですね。それから2020年に再来日されるまでは、インドネシアでお仕事を?

フェル:はい。シンガポールでの勉強を活かしてデザインと印刷のチームを立ち上げて。ただ、仕事を続けるうちに、書類づくりや計算、打ち合わせばかりになってきて……絵が好きなのに「全然描いていないな」と気づいたんです。

そこで、仕事終わりに少しでも描こうと「言語屋」というものを始めました。1日1単語、日本語をイラストで紹介するというプロジェクトですね。僕自身が日本語学校の復習も兼ねて、ささっとイラストを描くというのを2015年から2019年まで続けて、これを日本の文部科学省に応募したんです。3回落ちたんですが、4回目でやっと合格し、また日本に留学するための奨学金を得ることができました。

―「言語屋」がきっかけで九州大学の大学院に進学したわけですね。

フェル:はい。留学先に九州大学を選んだのも、これまでの旅行経験から、日本だったら福岡に住みたいというのがあって。大学院の3年間を通しても、やっぱりここに住んでいたいなと思いましたね。

また、これは偶然なんですが、福岡には女性をモチーフにする素晴らしいイラストレーターさんが多いんです。たとえば、最近コラボさせていただいたNahさんをはじめ、Isayamaさん、ronzaemonさん、warabizarashiさん、そして鈴猫さんなど、いつも大きな刺激やインスピレーションをいただいている方々がたくさんいらっしゃいます。
そういう方々の作品を見るうちに、『シティーハンター』や『I”s』に影響されて描いていた頃の自分を思い出していきました。

―福岡での出会いが「Neo Pin-Up」シリーズの誕生に繋がっていくと。

フェル:そうです。僕にとってデザインは他の人のための問題解決で、アートは自分のためのもの。大学院卒業後も仕事を続けて、ちょうどデザインに疲れていたこともあって、インドネシアでは表現できなかった、自分のための表現をやりたくなったんです。

そうして描いたスケッチを、OVERGROUNDというギャラリーのオーナーさんが見て「これいいね、展示しましょう」と言ってくれて。その小さな展示から生まれたのが「Neo Pin-Up」シリーズでした。

Ferdi「Renjana」